News Letter No.45 - May 2006 -
 
 Journal Club 
コミュニケーション・スキルトレーニングによって、医師は患者の苦痛を認識できるようになるのか

国立がんセンター東病院臨床開発センター
精神腫瘍学開発部
藤森麻衣子


Factors that Influence Physicians’ Detection of Distress in Patients with Cancer: Can a Communication Skills Training Program Improve Physicians’ Detection?
Isabelle Merckaert, Yves Libert, Nicole Delvaux, Serge Marchal, Jacques Boniver, Anne-Marie Etienne, Jean Klastersky, Christine Reynaert, Pierre Scalliet, Jean-Lou.is Slachmuylder, Darius Razavi
Cancer 104:411-421, 2005.

 がん患者の心理的苦痛(Distress)の頻度は高く、QOLの低下や治療コンプライアンスの低下など、患者や家族に対してさまざまな負の影響をもたらす。そのため早期発見し、適切な治療を行うことが重要である。しかしながら、がん専門医にとって、患者の苦痛を認識することが難しいことがこれまで報告されている。その理由として、患者の苦痛を評価するための知識が不足していること、患者が医師に話さないことが考えられる。
 プライマリー・ケアのセッティングでの先行研究において、患者の抑うつを認識できた医師は出来なかった医師と比して、感情に関する質問が2倍多いことが示された。一方、認識できなかった医師は患者の感情表出を妨げるようなコミュニケーションをとっていることが示唆された。
 そこでこれまで、患者の苦痛を評価するスキルを身につけることを目的として、医師に対して1時間の講義を行った結果、あるいはコミュニケーション・スキル・トレーニング(CST)を行った結果として、参加者ががん患者のうつ症状を認識できる可能性が報告されている。しかしながら、実際の面談における患者の苦痛の評価を検討した研究はこれまで報告されていない。
 Merckaertらは、がん専門病院の医師を対象としたCSTのベーシック・ワークショップおよび、その後に効果を地固めするためのワークショップを行い、その前後で模擬面接、および実際の患者との面接における患者の苦痛と医師による患者の苦痛の評価、面接の会話を分析することによって、CST後に参加者が患者の苦痛を発見できるかどうか検討した。
 ベーシック・ワークショップは2時間の講義と19時間のロール・プレイで構成され、扱われた内容は、悪い知らせを伝える、患者の不確かさと苦痛への対処法、患者の心理反応を発見することであった。シナリオは、講義で扱われたもの、または参加者から挙げられた問題を扱った。その後の地固めワークショップは3時間のロール・プレイを6回行うものであった。シナリオは参加者から挙げられた問題を扱った。
 参加者は、ベーシック・トレーニング終了後、地固めワークショップに参加する群と参加しない群に無作為に割り付けられ、ベーシック・トレーニング前(T1)と地固めワークショップ後(T2)に模擬面接を2回、実際の患者との面接を2回評価することを求められた。調査の手続きは以下のとおりである。ます面接前に質問紙(HADS)を用いて患者に苦痛を評価してもらう。面接中は会話を録音し、面接後に医師に患者の苦痛を11段階(0:非常に苦痛である−10:まったく苦痛ではない)で評価してもらう。録音された会話はそれぞれ文字に変換され、評価のトレーニングを受けた心理士14名によって、面接中の会話をアセスメント・スキルとサポーティブ・スキルの2つの側面から評価された。
 62人がワークショップ、および2回の評価(T1、T2)を完遂し、そのうちデータに欠損のない58名が解析対象となった。ベーシック・トレーニングのみの群と地固めワークショップを追加した群の間に、評価対象となった参加者、およびその患者の背景に有意な差は認められなかった。
 患者の苦痛得点と医師による患者の苦痛の評価の相関係数を算出した結果、T1よりもT2で強い相関関係が示唆された。この傾向は、ベーシック・トレーニングのみに参加した群(T1:r=029、T2:r=0.49)においても、地固めワークショップに参加した群(T1:r=017、T2:r=0.64)においても同様の傾向が認められたが、地固めワークショップに参加した群のほうがその効果は大きいと考えられた。また、アセスメント・スキルとサポーティブ・スキルの使用と、患者の苦痛得点、医師による患者の苦痛の評価との相関関係において、同様の傾向が示唆された。特に、医師のアセスメントにより、苦痛が高いと評価された患者へのサポーティブ・スキルの使用が多かった。
 次に、患者の苦痛得点と医師による患者の苦痛の評価の差を算出し、T1とT2を被験者内要因、ベーシック・トレーニングのみ参加する群と地固めワークショップに参加する群を被験者間要因とした分散分析を行った結果、統計的に有意な差は認められなかった。さらにこの差について、関連要因を検討するために多変量解析を行った結果、医師は、教育経験が大卒以上の患者、自身の苦痛の評価が高い患者の苦痛を評価することが難しいことが示唆された。一方、悪い知らせを伝える面談であること、医師がアセスメント・スキル、サポーティブ・スキルを使用することによって、患者の苦痛を評価できることが示唆された。
 本研究において、T1で医師は患者の苦痛を評価できていないことが示唆されたことは、これまでの先行研究を支持する結果であった。さらにコミュニケーション・スキル・トレーニングに参加することによって、改善される可能性が示唆されたことは大変興味深い結果である。しかしながら、ベーシック・トレーニングに加えて行われた地固めワークショップの効果は小さかった。今後、医師による患者の苦痛の発見をさらに促進するために、関連が示唆された要因を考慮した理論的情報を含んだ特別のトレーニング・モジュールやアセスメント・スキルやサポーティブ・スキルに焦点を当てたロール・プレイを行うなど、プログラムの改良が必要であると考えられた。
 本研究のように、実際の患者の苦痛、および医師による患者の苦痛の評価をアウトカムとした研究はこれまで報告されておらず、今回の報告は大変意義深い。今後は、CSTで高い苦痛を示す患者を減らすことが可能かどうかを検討する研究の報告が待たれるところである。