News Letter No.42 - Aug 2005 -
 
 学会印象記
第17回世界性科学会議(World Congress of Sexology)に参加して

東京大学大学院医学系研究科
健康学習・教育学分野
高橋 都


 7月10-15日にカナダ・モントリオールで開催された第17回世界性科学会議についてご報告します。本会議は、性科学関連の学際的学会としては世界最大であり、人間のセクシュアリティの機能面だけでなく、社会文化的、あるいは歴史的な側面も含めて考察する集会です。今回は、前回のキューバ大会には及びませんでしたが、約1000名の参加者が非常に活発な議論を展開しました。日本からは、日本性科学会の関係者を中心に、約10名が参加。各国の参加者の背景は、セックスカウンセリングに従事する心理専門家を中心として、医師・看護師などの医療者、教育関係者、人類学者、社会学者、歴史学者など、多岐にわたります。そして特筆すべきは、ゲイ・レズビアン、性同一性障害者、なんらかの病気を持つ当事者など、いわゆる「専門家」以外の参加者が多い点です。(もちろん、当事者としての背景を持つ「専門家」も大勢見受けられました。)もし発表者が何らかの偏った価値観に基づいた意見や解釈を表明すると、その妥当性について、他の参加者から集中砲火を浴びます。人間は誰でも性的存在ですが、この学会は特に、性に関する自らの価値観としっかり向かい合い、その価値観を相対化することが常に求められる場であると感じました。
 今回急遽参加を決めたのは、がんと性に関するプレコングレス・ワークショップが開催される、という知らせを受けたからでした。”Myths, Mysteries and Realities in Oncosexology, a practical workshop for sex therapists and clinicians” と銘打った3時間のワークショップは、International Society for Sexuality and Cancer(ISSC)の役員であるオランダのWoet Gianotten 氏(医師・サイコセラピスト)、ニューヨーク・スローンケッタリングがんセンターの婦人科医 Michel Krichman氏、そして、ヒューストン・MDアンダーソンがんセンター行動科学部教授で心理学者のLeslie Schover氏の3名によって企画されました。世界サイコオンコロジー学会でも近年がんとセクシュアリティに関する演題が急増していますが、より実践的な教育的ワークショップまでは開かれていません。その意味で、今回、がんと性の研究・実践の第一人者をそろえたワークショップが開かれた意義は大きいでしょう。
 ワークショップには、スウェーデン、オーストラリア、イギリス、カナダ、アメリカ、イスラエルなどから、約30名が参加しました。アジアからは私だけでした。まずは、部屋に集まった参加者全員が簡単に自己紹介をし、自分がやっている研究・実践のことを話しました。参加者の中には、前々回の世界サイコオンコロジー学会メルボルン大会のセクシュアリティセッションの座長をしていた、Doreen Akkerman氏(ヴィクトリアがん基金)の顔も見えました。彼女は、5年前のセッションで「日本でワークショップを立ち上げるなら、どんな協力も惜しみませんよ」と言ってくれた人です。その言葉どおり、私たちのグループが3年前から続けている医療者向け「がん患者さんの性を支援するための研修会」の運営ノウハウや教材について、さまざまなアドバイスを提供してくれています。そんな旧知の人との再会に加え、問題意識を共有できる友人を増やすことができたのは、嬉しいことでした。
 ワークショップは、がん治療が人間の性生活やカップル関係に及ぼす影響のレビューに始まり、がん治療にともなう性機能障害治療に関する争点、留意事項などについて、率直な質疑応答を交えながら進みました。特に面白かったのは、演者らによるロールプレイです。参加者にシナリオが配布され、壇上のSchover氏やKrichman氏がセックスカウンセラーとして相談の実演をします。これはぶっつけ本番に近かったらしく、Schover氏に促された残りの二人は「え、ほんとにやるの?」といった顔をしていました。まずは、Gianottenn氏がクライエント、Schover氏がカウンセラーになり、前立腺がんの治療後勃起障害をおこした男性患者という設定で話が進みます。男性として妻には弱みを見せたくない、なかなかコミュニケーションがうまくいかない、と語るクライエントに対して、Schover氏は、どういうところに抵抗があるのか、今後妻とどんな関係をつくっていきたいのか、無理なく、問題点をひとつずつ解きほぐすように相談にのっていきます。当初(別に演技ではないでしょうが)かたくなに見えたクライエントが、徐々に肩の力を抜いていくのがわかります。その様子があまりに自然に見えたので、「こういうカウンセラーになら、何でも相談してしまうかもしれないなぁ・・・。」と感じ入ってしまいました。次に、今度はSchover氏が、離婚後に子宮がんと診断された女性編集者という設定のクライエントに扮し、Krichman氏がカウンセラー役になりました。治療が性に及ぼす影響について矢継ぎ早に質問するクライエントに対し、カウンセラーは医学的情報を延々と話します。その説明は少々冗長で、やや理屈っぽい印象がありました。業を煮やした(ように見えた)クライエント(Schover氏)が、突然「先生、私ね、コスモポリタン(←ときどきセックス特集号もある女性誌)の編集もやってたんです。だから、性についてそんなに基本的な説明はしてくれなくていいの。もっと私が知りたい質問に答えてちょうだい!」と迫りました。少しうろたえながらも、カウンセラー役のKrichman氏は、一方的な情報提供からクライエントが知りたい疑問点をよりはっきりさせる方向に会話をシフトさせていきました。
 著名な実践者・研究者とはいえ、やはりそのスタイルには個人差があるものです。ワークショップ終了後、「”コスモポリタン”のくだり、面白かったです」とSchover氏に話すと、「マイケル(Krichman氏)は普段ニューヨークで働いているでしょ?だからいつもすごく知的で理屈っぽい患者さんに対応しているの。そういうときは、大量の情報提供が必要だから・・・。」という返事でした。しかし、普段の勤務環境もさることながら、医師と臨床心理学者というトレーニング背景のちがいも、相談スタイルに影響しているのではないか、という気がしました。
 ところで、今回の総会で、この学会の名称がWorld Association of SexologyからWorld Association of Sexual Health に変更されることが決議されました。今後一層WHOなどの国際機関と連携していくことを見据え、Sexologyという直感的にわかりづらい用語ではなくSexual Healthという表現に変えよう、という現執行部の提案でした。「性と生殖の健康」に関する医療政策は、世界規模でホットな領域です。「性の研究」が興味本位に見られがちだった時代を経て、WHOなどから様々なアドバイスを求められる立場になった現在、学会として、それら国際機関との関係を強化して影響力を高めようという意図も見え隠れします。実際、現在のブッシュ政権下のアメリカで「結婚までは純潔を」という非現実的な性教育キャンペーンが展開されていることを考えれば、学会が社会的発言力を増すことも重要でしょう。しかし、健康(Health)という概念こそ、その定義にさまざまな議論があり、政治的にも都合よく操作されやすい側面をもちます。特に、人間の性のように個人の価値観の影響が大きい領域は、なおさらです。個人的には学会名称の改変には賛成しかねましたが、とにかく総会ではそのように決まりました。今後の展開を注意深く見守る必要がありそうですが、「価値」や「行動の意味」については黙っていない参加者が多いだけに、おそらく今後も熱い議論が続いていくことでしょう。
 学会は、2年後がシドニー、4年後はスウェーデンのイェテボリで開催されます。がんをはじめとした病気と性について、あるいは人間の性全般について、多くの学びがあります。興味のある方、ぜひご一緒しませんか?