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東京理科大学理学部
田崎美弥子
7月の第三週に神戸で開催された国際認知行動療法学会に参加し、スピリチュアリティの側面を使った認知療法(Spirituality-Guided
Behavior Therapy: SGBT)が欝病やPTSDの治療に効果をあげている症例報告を伺う機会があった。日本人にとってなじみの薄いスピリチュアリティではあるが、ニューズウィークでは,アメリカのNIHによって委託された150件に及ぶ最新の研究報告をのせ、宗教やスピリチュアリティや癌の進行を遅らせないかもしれないが、明らかにQOLを向上させ、ストレスからの回復をもたらせることを示されている。(Article
3of 20, Article ID: January 12, 2004, Newsweek, Atlantic Edition
Praying for Health )。
それらのスピリチュアリティに関する科学的な研究では、禅や瞑想による免疫機能の向上、fMRIを使った脳内の血流変化などが示され、スピリチュアルな信念や行動、情動体験により明らかに心身の状態が改善されることを示されている。
最近のスピリチュアリティの概念研究では、スピリチュアリティは宗教と同義ではなく、むしろ宗教には社会的、教義的側面が強いとして、あくまでも主観的体験や内的世界に対する関心と外的世界に関する関心に関連した「究極な真実」として規定されている。
私どもが実施したWHOQOL-Spirituality、Religlousness、and Personal Beliefs
(WHOQOL-SRPB)調査票作成研究では、宗教を持つ人はそうでない人と比較して有意にQOLが高く、個人のスピリチュアリティのあり方とQOLには強い関連があることが結果として示唆された。さらに、日本人は、特定の宗教を信仰してなくても「先祖との繋がり」や「自然崇拝」といったものが根強くあり、それが日本人のスピリチュアリティを構成しているものであることがわかった。
現代医学においては、患者を、あくまでも治療対象となる疾患をもつ身体の所有者として扱い勝ちで、患者そのものを全人的に捉えることが少ないように思う。特に癌疾患の場合、腫瘍マーカーやその他の生理学的指標だけが患者の状態を見る傾向があるように感じられる。私は、6年前に伯母を肺ガンから転移した脳腫瘍を原因として亡くしているが、私にとって伯母は「聡明で何でも知っている」人で、入院前は、3紙の新聞を読み比べ、私と国際情勢について詳細な議論をしていたが、入院後、半年も持たないと家族に告知されていた85歳の伯母は、化学療法の副作用で苦しみ、その結果、腫瘍マーカーが小さくなったものの、私を認識できないほどの痴呆の状態になったまま2ヶ月後になくなってしまった。伯母には信仰心はなかったが、非常に精神性の高い人だったので、最期のありようは決して彼女の望むものではなかったと思われる。彼女は大正時代の女性には珍しく非常に科学的な知識が豊富であったが、神棚と仏壇の手入れを怠ったことがなかった。一緒に暮らしていたいとこたちの選択に私が口をはさむことはできなかったのだが、私には他の選択肢があったのではなかったのかという痛恨の念が残っている。最後まで現代医学の治療方法を駆使して、治療を行ってくれた医師に感謝の念はあるものの、家族の死に対して、何か釈然としない思いを抱いている残された患者家族は多いのではないだろうか。
WHO緩和ケアの定義では「緩和ケアは、痛みや身体症状、心理的、社会的スピリチュアルな問題を取り除くことが重要であり、その目的は可能な限り患者と家族のQOLを高めることである」と明言している。
「スピリチュアリティの定義が明確でなければ、社会調査測定の意味がない。」という意見は当然のもの思われるが、国家的な宗教を持たない日本人にとって、万人に共通する定義を見つけるよりも、個々人のもつ主観的な感覚を尊重して、それを生かして疾患に対する不安や身体的な痛みの緩和に役立てることのほうが重要なのではないかと思われる。私にとっては、心も身体も魂も切り離せることのできない一体のものと思われるし、宇宙の歴史からすると科学の発展してきた歴史は瞬きの一瞬にも満たない時間であることを考えると、スピリチュアリティを非科学的と否定するより、未科学な領域のことだと謙虚に考えて、人の治療に役立てていただければ患者や患者の家族の立場にたつ者としては有難いことだと思う。
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