News Letter No.38 - Aug 2004 -
 
 追 悼 
河野博臣先生追悼に寄せて


独立行政法人国立病院機構
九州がんセンター サイコオンコロジー科
大島 彰


 平成16年5月14日、第17回日本サイコオンコロジー学会の総会に先立って、代表世話人の山脇成人先生、大会長の久保千春先生及び国立がんセンターの内富庸介先生のご配慮のもと、故河野博臣先生の追悼セレモニーが執り行われました。
その進行を担当し、河野先生のお写真をスライドで映しながら経歴や業績、足跡などの紹介をさせていただきました。当日紹介した内容をもとに改めて紙面をお借りして追悼セレモニーのご報告をさせていただきます。
当学会の初代会長であった河野博臣先生は、昨年・平成15年8月20日敗血症のため亡くなられました。享年75歳でした。
 河野先生は昭和3年、福岡県でお生まれになられました。昭和29年久留米医科大学をご卒業し、昭和43年に神戸市垂水区で河野胃腸科外科医院を開業され、その後、いち早く在宅ホスピスを実践しがん患者の終末期医療の草分けとしてご活躍されたことは皆様ご存知のことと思います。また、サイコオンコロジーに関しては、国際、国内の学会で要職を務められました。
 がん患者の心の問題に真っ先に目を向け、臨床の現場で人間の病気や心の葛藤と取り組まれました。死は敗北ではなく、人生の完成期だと説き続けられ、ご自身が胃がんになってからは、その体験をもとに患者中心の医療をさらに強く訴え、実践をより深められました。
 業績などは数多くありますので、ここに主なものだけ挙げさせていただきます。 
昭和52年に日本死の臨床研究会を結成し、日本の終末期医療の開拓者となりました。昭和58年には、WHOがん患者QOLのプロジェクトチームに参加され、昭和61年に、日本サイコオンコロジー学会を創立し初代会長に就任しました。平成7年には、震災直後の神戸で第2回国際サイコオンコロジー学会会長としてご活躍されました。
 東京大学、京都大学、神戸大学各医学部、佐賀医科大学の非常勤講師や久留米大学医学部の客員教授なども歴任され、平成10年には、がんについての精神医学的研究によるパイオニア的貢献に対する賞であるアーサ記念国際賞をアジアで最初に受賞し、平成14年には第56回神戸新聞平和賞を受賞されました。また、国際サイコオンコロジー学会(IPOS)に河野賞が創設されたことは、日本サイコオンコロジー学会(JPOS)にとっても大変名誉なことと思われます。
著書には、名著である「死の臨床」(医学書院)や「がんの人間学」(弘文社)、「生と死の心理」(創元社)など多数があります。
以上、簡単ではございますが、故河野博臣先生の業績や足跡などをご紹介させていただきました。時間が限られていますので、ご紹介できないところなどがあったかと思いますが、ご承知おきください。
 尚、お写真などを先生の奥様、河野節子様よりご提供いただきました。ここに厚く御礼申し上げます。
 先生の御霊に報いるためにも、我々学会員が先生の切り開かれた道を、今後さらに発展させていく責務を担っていると思います。ここで皆様とともに先生のご冥福をお祈りし、また当学会からも改めて感謝申し上げたいと思います。
 この後、黙祷がささげられ、故河野博臣先生の追悼セレモニーが終了しました。
 私事で恐縮ですが、私がサイコオンコロジーに関わるようになったのは、平成元年の河野先生との出会いがきっかけでした。個人的にも親しくさせていただき、家族ぐるみのお付き合いで私を息子のようにかわいがってくれました。誰にでも気軽に声をかけてくれる気さくで飾らないお人柄でした。阪神淡路大震災のときに心のケア神戸を立ち上げ、リックサックをかつぎながら一緒にテント回りをした帰り、垂水駅前の居酒屋で飲みながら話したことが懐かしく思い出されます。
 学会の約1週間前に私の母ががんで亡くなりましたが、河野先生と同じ昭和3年生まれでした。これも何かの縁なのか、学会で先生の追悼セレモニーをさせていただき、私の心も癒される思いがいたしました。河野先生には、個人的にも厚く御礼を申し上げたいと思います。